2011年11月08日

石の道探訪・石の里クルージング第1章 ニーナ編


小豆島大坂城残念石のマニア中のマニア達が集う日?!
いよいよ、石の道探訪スタートexclamationです。

まず、天狗岩石垣石切丁場
「急な斜面も歩くので歩きやすい格好で来てくださいね」
の言葉どおり。急傾斜を登ります。
雨上がりグッド(上向き矢印)で湿った道は気を抜くと足をとられそう。
そうして少し息が切れた頃、木々の間に石が見え始めました。
ポイントになる石の前には解説者の方が待ち受けています。

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何も知らずに来たならば、ただの大きな石。
それが、ガイドの方々の解説を聞くとあっという間に歴史の証言者に早変わり!
「矢穴が壊れていないのはまだ、割られていない石。
切り出し前か、まだ製品に仕上げる前の未完成品だと考えられます。」

「矢穴」というのは石を切断する「矢」を入れ込むために彫られたミシン目のようなもの。
このミシン目にだって歴史があります。

「ここの矢穴は約10cm間隔で徳川大阪城修築時代当時のものです。
もっと間隔が大きいと時代はさかのぼり、間隔が小さいと新しいとわかります。
矢穴の幅で石の切り出された時代がわかります!」


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ただの、ミシン目じゃないんですね〜ひらめき

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もっとやさしく、同じ石の見る方向を変えると、あら不思議
こっちは笑った顔わーい(嬉しい顔)

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疲れた顔ふらふらもしくは不機嫌な顔に見えませんか?

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というのもありました。
そして、以前の山下さんが紹介してくださった刻印。こうやって実際に目にすると、好奇心が刺激されます。

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この刻印が残っているのでこの丁場でどの大名が石を採取していたかわかるんですね。
そして、実際に同じ刻印が大坂城でも確認できるという事実。
やっぱり、どきどきしちゃいますぴかぴか(新しい)
皆さんに惜しげもなく、残念石のいろんな知識や楽しみ方を教えていただきました。
石の道探訪参加者の特権ですね。
そして、福田港から船船に乗って大坂城残石記念公園へ。

第2章に続きますexclamation


posted by しまラジ! at 13:00| Comment(0) | ○歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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